ふぅ と一息。
「カナカナカナカナ」
「しゃんしゃんしゃんしゃん」
——あの夏の夕暮れの合唱が聞こえない。
お盆も過ぎて、まだまだ暑さが残る夕方。
用事の帰り道でふと、当たり前にあるはずのものが無いのに気づく。
あれ?
この時期、この時間——
ひぐらしの声が響いていたはずなのに。
耳を澄ましても、どこからも聞こえてこない。
都会ではない。
ここでは、夏の夕方はひぐらしの大合唱が当たり前だった。
それが、今年は静かすぎる。
夏の終わりを告げる声がなく、
ただ暑さだけが残る夕方。
季節の調べが 一音だけ欠けたような。
胸の奥が、少しだけ悲しくなる。
香典返しの和紙礼状を作る際、
お客様からオリジナル文のメッセージカードを頼まれることがある。
文字入れなど事務的に進めなければならないのだろうが、
そこに込められた言葉に、ついホロっとしてしまう。
当たり前のようにあるものが、目の前からなくなるのは寂しく、つらい。
この世界では、何ひとつ始まりのあるもので終わりがないものはないという。
終わりがあるから始まりがある——そう言う人もいる。
ただ、願わくば心の中だけはひぐらしの鳴き声のように、大事なものを終わりなく静かに響かせて欲しい。